切れた。
ある朝目覚めたら。
‥毒虫には幸いなっていなかったけど、胸元にいつもの重みを感じなかった。
コーヒーを淹れる手を止めて、首の裏に回ってしまっているであろう十字架を手で探す。
無い。
青ざめた。
走馬灯のように巡った昨夜の記憶。
電車、約10分の徒歩、雑踏、縁日の屋台、花火、暗がり、、。
絶望した。
あんな日にもし落としたならもう絶対に戻ってはこない。
取り敢えず家の中を探してみようと淹れたコーヒーをそのままにいつもの動線を辿る。
幸いにも自分は不精なので移動するパターンは大体決まっている。
台所、トイレ、風呂場、、、。
無い。
残すは自分の部屋だけ。そこになければもう希望はない。
祈りにも似た気持ちで部屋に駆け込み、辺りを見渡す。
果たして十字架は布団のシーツの縫い目の糸に絡まっていた。
肌身離さず寝る時にもその十字架のネックレスを外すことはなかったので、寝返りか何かの拍子に十字架の装飾部分が縫い目と絡まり、強い力が掛かってカンの部分を引きちぎってしまっていたようだ。
ホッと胸を撫で下ろし、階下に戻りすっかり冷めてしまったコーヒーを飲む。掌に光るいつもの優しい十字の光。
これを機に色々考えた。
自分はいつまでも終わったことに執着しすぎなのではないだろうか。
もうそろそろ自分の足で歩かねばならないんじゃないだろうか。
重要な判断をする時、不安な時、、、いつもその十字架に"問うていた"と思っていたけど、それはただの執着では無かったのか。
「あなたは出来るよ。大丈夫。」
これをもう一度聞きたかっただけでは無かったのか。
「自分の思うように人生を進んで」ともよく言われた。
‥そう。
もうそろそろ自分で考えて、自分の足で立たないといけない。
そっちの言葉には頑なに耳を向けず、慰めてくれる言葉だけを求めていたのかも知れない。
今日この日に十字架の鎖が切れたのも何かの縁。
思い切って全て断ち切らないといけない。
この先自分が生きていくための勇気と気づきはあの短い時間に死ぬまでの分貰ったんやから。
見つけた当初は修理してまた着けようと思ったが、そっと宝石箱に仕舞った。
僕は出来る。大丈夫。