夢十夜。 「真夜中の目」
おこしやす つらら庵 ♪
第二幕が終わる。
今日の興行ははねた。
時計の針は午前2時を指している。
休憩所に戻り、すっかり臙脂の褪せたスエードの椅子に腰を下ろし、恭子は繁多な長い髪を右肩に流して、一幕目の休憩時に吸いきれず残しておいたマルボロに再び火を点ける。
「…もし、あたしが気づかぬふりをしていたら、いつまでもこんな関係を続けるつもり?」
実際、ショーの最中もこの考えは頭の片隅にこびりついて離れなかった。
「ふふ。なるべく見つからないように舞台から遠い席に座ったんだろうけど。
”付き合って5年になるのに舞台上での恭子を見たことが無い”って言っていたものね。あたしが昨日あんな意味深な事を言ったものだから、今日舞台に出ていないと思ったのかしら?」
吸い差しの煙草は寿命が短い。
教会の屋根の風見鶏がデザインされたブリキの灰皿に吸い殻を捨て、メイクを落とすためポーチに手を伸ばす。
他の仲間は舞台がはねた後すぐに帰り、自宅でメイクを落としているようだが、恭子は何故だかそれはしたくない。舞台以外でこの濃過ぎるメイクをさらしたくはないのだ。
「あの人…あの男に出会ったのもそういえばメイクをしていない時だったわね。今日初めて舞台のあたしを見てどう思ったかしら??」
黒のポーチからメイク落としシートを出して右目から一気に落とす。
面白いように綺麗に落ちるので、シートには目の形そのままシャドウやマスカラが付いている。重たいまつげを下ろし、悲しそうに眠っている目…
・・・
綺麗にメイクを落とし、手のひらに乗った二つの”目”を、恐ろしく埃の掛かった鏡台の横にあるゴミ箱へ投げ入れる。
メイク落とし後の一服。
「でも…」
恭子は思った。
「あの男が最後に見る私の顔がメイキャップした顔でも面白かったかしら。」
煙草の煙は、狭い休憩室で行き場を無くしたように天井で淀んでいる。
「あの女も、事が終わった後にあたしがメイキャップをしてあげる。あの男が嫌いなとびっきり濃いメイクを。」
吸い殻いっぱいになった灰皿に煙草をねじ込み、入り口に掛けてあるいつもよりか大分重たいバッグを肩に掛ける。
先ほどゴミ箱の中に投げ捨てた二つの眠った目を長い間見つめて、休憩室を出た。
出口までの廊下に響く規則的なヒールの音の中、恭子はふと思った。
「…あのゴミ箱の中の"目”のようにあたしの目は素直に閉じれない。」
また、おこしやす つらら庵 ♪
〇今日の水墨DEアニメ〇
「サガット」
敵の時は無敵に見えるのに、自分で使うと飛び道具の無いキャラにすら勝てへんねんなぁ~。。